走者の記憶~The Reminds of Runners~

英文記事やインタビューをもとに、陸上選手について考察していきます。気になる陸上選手がいましたら、コメント欄にて執筆依頼も受け付けます。

キム・コリンズ (Kim Collins)⑥

キム・コリンズ (Kim Collins)シリーズ、最終回です。

 

過去記事↓

キム・コリンズ (Kim Collins)① - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)② - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)③ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)④ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)⑤ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

 

目次

1.引退へ

2.おわりに

 

1.引退へ

40歳を過ぎてもなお、100m9秒台、五輪出場などの偉業を成し遂げたコリンズですが、2017年はその走りに陰りが見え始めました。

 

おそらく、競技生活の終盤に差し掛かっているであろうコリンズ。2018年のシーズンをどう過ごすのか…。

 

こちらは2018年3月の記事です。

www.virginislandsnewsonline.com

 

This is it. I can't do it anymore. The body isn't able to do what it is supposed to do. But I am going out in peace — no low notes, no high notes. There will be no comebacks,” Collins told reporters after competing in the 60m heats at the IAAF World Indoor Championships in Birmingham, Great Britain on March 3, 2018.

 

「これで終わりだ。私はもう走れない。体が思うように動かなくなったんだ。でも、気持ちの整理はついているよ。—悲観することもないし、特別喜ぶこともない。今度こそ、お別れだ。復帰はありえない。」コリンズは、2018年3月3日にイギリスのバーミンガムで行われた世界室内選手権で60mの予選を走ったあと、こう報道陣に語った。

Sadly, though, there was to be no farewell bow to his fans later as he withdrew just before the semis, reportedly with an injury.

 

悲しいことだが、彼が準決勝を前に危険を申し出たため、ファンにとっての引退レースはなかった。後に、コリンズは怪我をしたと報じられた。

 

このように、コリンズは室内選手権で怪我を負い、そのまま引退をほのめかします。

 

実際のレース後のインタビュー映像も見ましょう。

www.youtube.com

 

0:50~: will you retire still or will you just keep going?

"I have to stop. I mean I want to. A lot of persons were upset when they heard that, but yeah it's time. I'll really definitely not going to do all this. I don't think I can do it."

 

引退するつもりですか?それとも現役を続行しますか?

「もう辞めないとね。というより、もう辞めたい。これを聞いて驚く人がたくさんいた。でも、もうその時が来たんんだ。私が走ることはもうないだろう。それが可能だとはもはや思えないんだ。」

 

このように、記事やインタビューから見るに、コリンズの引退は決定的なように見えます。

 

しかし、コリンズは6月に行われた競技会に再び姿を見せます。 

 

室内競技会では故障に終わったので、最後にきっちりとレースを終えたかったのだと思います。

www.youtube.com

 

ゴールデン・スパイク・オストラヴァは過去にウサイン・ボルトも出場した大会ですが、選手の顔ぶれを見る限りレベルはあまり高くありません。

 

10.41(-1.3)で優勝。全盛期のコリンズからすれば物足りないですが、それでも立派なタイムです。

 

レース後のインタビューもあります。

www.youtube.com

 

0:01:Kim COllins, emotional last start in Ostrava, probably?...,so and what are your feelings?

0:06:Well, I mean definitely it was the last and I was happy to come out here, have a great race, finish the race. I was just able to show if that I appreciate all ??? support over the years.

 

さあ、キム・コリンズ選手。悲しいことですが、オストラバにて最後のレースだったことでしょう。 今の心境は?

ええ、間違いなくこれが最後だ。素晴らしいレースができてうれしいよ。長年に渡るサポートへの恩返しができてよかった。

 

0:17: What was your thinking ??? when you are starting from the blocks. Did you think of this is maybe my last start?

0:24:Yes, it is. Definitely my last and I just wanted to calm again and I finished and, you know, the guys came out and came to show the support and, you know, push me along to what I'm going on to next in my life.

 

 スタートを切るときは何を考えていましたか?「これが最後だ」と思いましたか?

もちろん、これが最後だと思ったよ。落ち着いてからスタートを切ってゴールできた。レース後はファンが私のもとへ駆け寄ってきたので、本当に皆さんに支えられてここまで来たんだな、と感じたよ。そして、彼らのサポートゆえに私は次のステージに進む勇気をもらえたよ。

1:23:... and I know my coach is happy that I'm gonna come home now I'll be husband and, you know, it's time to move on to begin better things. 

コーチ(コリンズの妻?)はとても喜んでいると思う。私は家に帰って、普通の夫に戻るんだ。今後は、もっと他に自分がするべきことに集中していこうと思うよ。

 

間違いなくこれで引退のはず。

 

しかし、コリンズはまたも7月の競技会に出場しています。

 

ダイヤモンドリーグ、第11戦・第12戦にロンドン大会に出場。不正スタートで失格。

https://www.diamondleague.com/fileadmin/IDL_Default/files/documents/2018/London/Results.pdf

 

何度も、引退宣言をしてはレースに出続ける、、、

 

私が確認した限りでは、これが最後のレースですがニュースにならない小さな試合に出ている可能性もあります。

 

本当に完全引退したのかは、まだ疑問です。なので、来年も期待を持ちながら注目していきたいと思います。

 

2.おわりに

長編になりましたが、これで終了です。

 

たくさんのスプリンターを見てきましたが、コリンズはその中でも極めてユニークな存在です。

 

40歳を過ぎても、数々の偉業を成し遂げた選手としての実績はもちろんのこと、一国の英雄でありながら、国とのトラブルに巻き込まれたり、引退をすると言っては復帰を繰り返したり...

 

本当に話題に事欠かない選手です。

 

2018年がコリンズ最後のシーズンなのか。

 

答えはまた来年...。

 

《参考文献》

Czech Republic - ゴールデン・スパイク・オストラヴァ2016(2018年11月8日アクセス)

キム・コリンズ (Kim Collins)⑤

キム・コリンズ (Kim Collins) シリーズもいよいよ終盤です。

 

前回はナショナルチームへの復帰と2015年のシーズンを追ってきました。今回はリオデジャネイロ五輪が開催された2016年以降のシーズンを見ていきましょう。

 

過去の記事はこちらです↓

キム・コリンズ (Kim Collins)① - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)② - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)③ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)④ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

 

目次

1.2016年

2.2017年

3.まとめ

 

1.2016年

2015年に続き、2016年のコリンズも衰え知らずの活躍を見せます。特筆すべきは、100mで40歳にしてナショナルレコードの9.93(+1.9)を叩き出したことです。

 

www.youtube.com

 

タイムにも出ているように、後半30mのキレのある走りは完全にトップスプリンターの動きです

 

これは、2つの意味で驚異的な記録だと思います。1つには、40歳以上の選手が出した初の9秒台であること。もう一つが40歳にしてスプリント種目で自己ベストを更新したことです。

 

100mや200mなどを専門とする選手は概して20歳台の前半から後半にかけてピークを迎えます。中には、高校時代が生涯ベストという選手も少なくありません。個人的な見解ですが、若いころに苛烈なトレーニングを行うトップ選手ほど、20歳台でその絶頂期に至るように思います。

 

過去の記事でも見てきたように、コリンズは20年以上も前から世界の第一線で競技をしてきました。そのような選手が、40歳を過ぎてなお自己記録を更新することは極めて稀なケースと言えます。トップ選手だけではなく、一般の選手ですらこれは例外ではありません。

 

kfor.com

 (2018年10月19日アクセス)

 

I’ve been trying to retire for the longest while, but each time I think about that I keep running faster — and you think that the best is yet to come,” Collins told CNN.

“I felt good and confident. (中略)"

“I’m looking forward to getting it right many more times.”

 

「長い間、引退の二文字は頭にあったよ。でも、その度に「これ以上速く走ることは本当に不可能なのか?」と自問自答してきた。ーそして、まだ私の全盛期は来ていないと感じたんだ。」コリンズはこう語った。

「気分も優れているし、自信もある。(中略)」

「私はまだまだやれる。それをこれからも、何度でも証明し続けたい。」

 

また、コリンズは息の長い選手生活について次のように答えています。

 

When asked about the secret to his longevity, Collins told CNN: “If there was a secret, I wouldn’t tell it. I would sell it.”

The secret — if there is one — seems to lie in his motto: “You just keep going and going and definitely you’re going to go until your body cannot go anymore.”

And that’s exactly what he’s going to do.

 

CNNのインタビューにて、長く一線で競技できる秘訣を尋ねると、コリンズはこう言った。「もしも何か特別な秘訣があったとしても、絶対に話さないよ。売るのなら良いけどね。」

秘密ーもしそのようなものがあるとしたらーそれはコリンズのモットーに表れているのかもしれない。

「本当に、絶対に、自分の体が限界だと音を上げるまで、挑戦し続けるんだ。」

これはまさに、彼がやろうとしていることだろう。

 

陸上競技はとても繊細なスポーツです。本人が持つ素質に加えて、コーチや練習環境など無数の要素が絡み合って一人の選手が生まれます。

 

もしかしたら、コリンズ本人も40歳を過ぎてもなお走れる理由が分からないもかもしれません。

 

ーーーーー

 

9.93という一線級のタイムを出したコリンズは、もちろんリオデジャネイロ五輪にも出場を果たしました。

 

結果は惜しくも準決勝で敗退。記録は10.12(+0.2)。おそらく、これが最後のオリンピックの100mでしょう。しかし、もしかしたら2020年の東京五輪も・・・そんな期待を抱かずにはいられません。

 

リオデジャネイロ五輪、男子100m準決勝第2組。3レーンを走る。↓

Usain Bolt wins 100m semi-final Rio 2016 Olympics (9.86) - YouTube

 

YOUTUBEにはシーズン初めから室内競技会に出場しているレースもいくつかアップされています。しかし、ここでは自己ベストのレースと五輪の準決勝のレースを紹介するにとどめておきます。

 

2.2017年

40歳にして100m9秒台と五輪出場。これだけのことを成し遂げたコリンズですが、果たして2017年も走り続けるのか・・・

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

御覧の通り、室内の大会に始まり、屋外のレースにも積極的に出場しています。しかしながら、その走りは精細を欠いているように見えます。

 

London 2017 Diaries: Kim Collins could retire at WC in London - RunBlogRun

 (2018年10月19日アクセス)

BASSETERRE (SKN): Kim Collins could retire at the World Championships in London this August, informs organisers. "I think London will be my last. My oldest son now is 19. The kids are growing. But it's been great for the younger generation as it shows that if you take care of your body, you can have a long-lasting career," he said. Collins will be 41 at the World Championships in London.

 

バセテールにてーキムコリンズは今年8月にロンドンで行われる世界選手権を最後に引退する可能性がある。

「ロンドンが私にとって最後の試合になるだろう。長男はもう19歳だ。ほかの子供たちも大きくなった。それでも、コンディションを整えれば長く競技をできることを、若い世代に示すことができてうれしく思っているよ。」コリンズは話した。コリンズは41歳でロンドンの世界陸上を迎える予定だ。

 

 以上のように、2017年になるとコリンズは引退を示唆するようになりました。

この年は調子が上がらず、結局世界陸上100mのスタートラインにコリンズは立つことが出来ませんでした。

 

このままコリンズは引退してしまうのか、続きは次回に。

 

3.まとめ

 2016年は自己ベストをマークし、オリンピックにも出場したコリンズ。しかし、2017年は衰えを隠すことが出来ないシーズンとなりました。

 

コリンズは、どのように競技生活の終わりへ向かっていくのか。

 

次回が最後です。

 

《参考資料》

100 Metres Result | IAAF World Championships London 2017 | iaaf.org

 

最終回はこちら↓

キム・コリンズ (Kim Collins)⑥ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

織田幹雄 (Oda Mikio)

織田幹雄さん。

 

日本人初のオリンピック金メダリストであり、日本陸上界の父。

 

167cm、65kgの身体で1928年のアムステルダム五輪に臨み、三段跳で15m21を跳び優勝。

 

今でも十分に通用する、立派な記録です。

 

www.youtube.com

 

アムステルダム五輪当時の映像です。優勝を決めた後の安堵に包まれた笑顔が素敵ですね。

 

余談ですが、0:34のあたりで写っている日章旗が隣に比べて非常に大きいです。これは、日本選手団が表彰用の日章旗を持参しなかったため、織田氏自身が持ってきた大型の旗を止む無く使ったからです。有名な逸話です。

 

また、織田氏の跳躍フォームを確認できる別のビデオもあります。

 

www.youtube.com

 

0:31~走幅跳の映像です。まだ競技が十分に発展していなかった時代にも関わらず、とても美しい跳躍をしています。きっと現代に生まれても、有力な選手になっていたことでしょう。

 

1936年のベルリン五輪走幅跳で優勝したジェシー・オーエンスと比較すると、織田氏の技術の高さが分かります。

 

www.youtube.com

 

ジェシー・オーエンスは原始的なフォームにも関わらず、天性のバネを活かして人類初の8mを跳んでいます。オリンピックで4冠を成し遂げたオーエンスは、特にアメリカ人に多大なる影響を与え、いまでも彼を尊敬するスポーツ選手は絶えません。

 

オーエンスが歴史に残る名選手であることに変わりはありません。しかし、技術レベルを見ると織田幹雄氏、あるいは故南部忠平氏の方が2歩も3歩も先を行っていたように思います。

 

自分が持つ容量を活かす術を徹底的に考え抜き、結果を残す。織田氏からは、今も日本人に通ずる大切な精神を垣間見る事が出来ます。

 

《参考資料》

Mikio Oda Bio, Stats, and Results | Olympics at Sports-Reference.com (2018年10月9日アクセス)

 

キム・コリンズ (Kim Collins)④

キム・コリンズ④です。

 

前回まで見てきたように、コリンズと国との間には長年に渡り大きな溝がありました。その確執は深刻なもので、2013年までの状況を見ると和解は到底不可能に思えました。

 

しかしながら、コリンズは2015年の世界陸上北京大会ナショナルチームに復帰しているので、ある程度の決着はついたのでしょう。

 

今回はいかにしてコリンズがチームに復帰したのかを見ていきます。

 

過去記事はこちらです。↓

キム・コリンズ (Kim Collins)① - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)② - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

キム・コリンズ (Kim Collins)③ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

 

目次

1.ナショナルチームに復帰

2.2015年

3.まとめ

 

1.ナショナルチームに復帰

2013年は逮捕や兄の殺害事件など不幸が続き、不穏な年となりましたが、2014年のコリンズはどのような生活を送っていたのでしょうか。

 

IAAFの公式サイトによると、コリンズは2014年に60m(屋外)と150m、両リレーで自己ベストを出しています。以上のことから、2014年のシーズンもコリンズは積極的に試合に出ていたことが分かります。特に、60mは6.48(+0.3)という素晴らしい記録を残しています。

 

さらに、この年にコリンズが母国チームに復帰したことも以下の記事で明言されています。

 

www.bbc.com(2018年9月27日アクセス)

 

Veteran sprinter Kim Collins has indicated that he is likely to perform a U-turn and run for St Kitts and Nevis once again at the Commonwealth Games.  

 

ベテランの短距離選手であるキム・コリンズは、再びセントクリストファーネイビス代表としてコモンウェルスゲームズに出場することを示唆した。

 

このように、2013年には国との関係が泥沼化していましたが、コリンズはチームへの復帰を決断します。なぜ、コリンズはあれほど憤りを感じていたナショナルチームに戻ったのでしょうか。

 

Collins was dropped from the London Olympics after a fall-out over visiting his wife in a hotel and said he would never again represent his country.

But he says his fans have persuaded him to change his mind.

"The fans have stepped up and said 'hey, we want to see you'," said Collins, who is in Glasgow to captain a Commonwealth Select Team at Saturday's International Match at the Emirates Arena.

"I have to acknowledge that because these are the people who make things happen in track and field.

"Based on that, I'm thinking that I really should return and one of the big things is that there is not really a big replacement; nobody has really stepped up to carry things on.

"We have a new executive now, a lot of people have moved on and you have to learn how to forgive.

 

コリンズはホテルにいる妻を訪ねたという理由で、ロンドン五輪のチームから追放された。さらに彼は、二度とこの国のためには走らない、とまで述べていた。

しかし、コリンズはファンが自身の考えを変えたと言う。

「ファンが私のもとにやって来て言うんだ、あなたが走るのを見たい、と。」グラスゴーにてコリンズはこう話す。コリンズは、土曜日にエミレーツ・アリーナで行われる国際大会のコモンウェルス選手団を先導する。

「私はファンの声を聞かなければならない。なぜなら、彼らこそ陸上界にとって真に大切な存在だからだ。」

 

以上のように、国との確執は完全に消えたわけではないと思います。しかし、コリンズにとって優先すべきはファンの存在でした。また。ナショナルチームに戻ることを決断した理由は、他にもあります。

 

"Based on that, I'm thinking that I really should return and one of the big things is that there is not really a big replacement; nobody has really stepped up to carry things on.

"We have a new executive now, a lot of people have moved on and you have to learn how to forgive.

 

それ加えて、私が復帰するべきだと考えるのは、代わりとなる人物が他にいないからだ。皆の前に立って責務をこなす人間が誰もいないんだ。

「重役の面々も変わってきている。でも、多くに人が積極的に新しい体制を受け入れていかないと。」

 

このように、セントクリストファーネイビスにはコリンズの代わりが務まる人物がいないことも、彼に復帰を決めさせた要因です。

 

さて、肝心の試合についてもコリンズは以下のようにコメントしています。

 

Collins, making his fourth successive appearance at the c indoor meeting, will line up in the 150m and is in confident mood.

"I think I have an excellent chance of winning, I don't see why not," he said. "Training has gone very well and I never fear the competition.

"It's a big honour to be captain. The team hasn't won in a while and we really need to get back to being the champion team once more."

 

4大会連続でグラスゴー室内大会に参加するコリンズは、150mに出場する予定だ。そして彼は、自信を抱いている。

「優勝する可能性は十分にある。なぜ、優勝できないことがあろうか、というレベルでね。」、彼は言う。「練習も詰めているし、何も不安要素はないよ。」

「キャプテンに選ばれたことを光栄に思う。チームとしてはしばらく勝てていないが、今回は再び王者に返り咲くべきだと考えているよ。」

 

こちらが、出場した150mの映像です。低い姿勢から、物凄いスピードでコーナーに突っ込んでいますね。15.84で見事優勝。

www.youtube.com

 

また、この年の6月に行われた大会では100mで9.96(+1.0)の自己ベストをマークします。

www.youtube.com

 

 このように、コリンズは2014年も衰え知らずの活躍を見せました。

 

2.2015年

2014年にナショナルチームに復帰したコリンズは、その後も現役を続けます。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

2015年のコリンズは室内の大会に積極的に参加していたようで、YOUTUBEにもかなりの数のレース映像が上がっています。しかも、確認できる限りでは全てのレースで優勝しているので、恐るべき38歳です。

 

また、100mでも自国で行われた試合で9秒台を出しています。

www.youtube.com

 

このまま世界陸上に乗り込んだコリンズですが、残念ながら結果は予選敗退でした。しかしながら、記録自体は10.16(w)と大崩れしていません。

 

コリンズの2015年は、十分に一線でやれることを示したシーズンであったと思います。

 

3.まとめ

今回は、コリンズが母国のチームに復帰した2014年、そしてその翌年のシーズンに焦点をあてました。

 

コリンズは、ファンのため、そして自身がチームを引っ張るべきだという責任を感じ再び母国のために走り出しました。それを目に見える結果、タイムで示すコリンズは本当に皆の模範となるスポーツ選手です。

 

2014年、2015年は充実のシーズンを過ごしましたが、翌年にはリオデジャネイロ五輪が控えています。

 

果たして、コリンズはオリンピックに出場することができたのでしょうか。

 

次回は、2016年以降のシーズンについて見ていきます。しばしお待ちください。

 

続きはこちら↓

キム・コリンズ (Kim Collins)⑤ - 走者の記憶~The Reminds of Runners~

 

《参考資料》

Kim COLLINS | Profile | iaaf.org(2018年9月27日)

Glasgow 2014: Kim Collins eyes return for St Kitts and Nevis - BBC Sport(2018年9月27日)

2015 World Championships in Athletics – Men's 100 metres - Wikipedia(2018年9月27日)

 

生涯現役のアスリート①

マスターズの世界大会も行われているように、陸上競技生涯スポーツとしての側面も持ちます。

 

ふと年齢別の世界記録を眺めていると、その記録には驚くばかりです。記録保持者の中には、往年の名選手の名前も見ることができます。

 

今回は、生涯現役をテーマに記録に挑み続けるアスリートを紹介していきたいと思います。

 

マリーン・オッティ (Merlene Ottey)

五輪で9つのメダル、世界選手権では金メダルを含む15個のメダルを獲得した名スプリンターです。これだけの栄冠を得た後も、走ることへの情熱は衰えず、マスターズの世界記録を次々に更新。100mを40歳で10.99(-1.2)、46歳で11.34(+1.8)、50歳で11.67(+0.9)、52歳で11.96(?)と生涯現役を貫き今も走り続けています。

 

52歳、100mを11.96で走るオッティ

www.youtube.com

 

YouTubeで確認できる限りでは、この2012年のレースが最も新しいものです。しかし、2017年のインタビューでオッティは次のように述べています。

 

"When I look, I see there are other people competing that are 75 to 100 years old, there is no limitation there, so, I'm going to stay running and see what i can do."

 

 「周りを見渡せば、75歳とか100歳とかになっても競技を楽しんでいる人はいます。限界なんてありません。私はこれからも走り続け、自分がどこまでやれるか挑戦していきたいです。」

 

この言葉通り、オッティは今もトラックに立ち続けていると思います。

 

《参考資料》

Merlene OTTEY | Profile | iaaf.org(2018年9月20日

List of world records in masters athletics(2018年9月20日

Meet the People: Merlene Ottey, Seven-Time Olympian and Still an Unstoppable Force(2018年9月20日

フアン・ミゲル・エチェバリア (Juan Miguel Echeverria)

陸上競技にはアンタッチャブル・レコードと呼ばれる記録があります。

 

例えば、女子100mや400mの世界記録は20年以上に渡って破られないどころか、それに肉薄する記録すら存在しません。

 

マイク・パウエルの持つ男子走幅跳の世界記録8m95もアンタッチャブル・レコードに近い存在です。21世紀に入ってからの最高記録はドワイト・フィリップス(米)が2009年にマークした8m74。まだ世界記録とは20cm以上の開きがあります。

 

私も、走幅跳は10年以上に渡って注目してきましたが、世界記録を狙えそうだと感じた選手は一人もいませんでした。

 

しかし、2018年、ついに世界記録に挑戦する資格を持つ選手が現れました。

 

キューバ出身のジャンパー、フアン・ミゲル・エチェバリア選手です。なんとまだ20歳。

 

ミゲル選手は今年6月にストックホルムで行われた大会で8m83(+2.1)の大ジャンプを披露しました。

 

www.youtube.com

 

素晴らしいバネを感じさせるダブルシザースで、ほとんど砂場の端まで跳んでしまう大ジャンプです。2.1mという風を抜きに考えても素晴らしいジャンプであったことは間違いありません。

 

この跳躍に加えて、ミゲル選手に可能性を感じるのは、やはりまだ20歳と若いことです。

 

ドワイト・フィリップスが8m74を出した時、彼はもう30歳を過ぎて円熟期に入っていました。

 

ミゲル選手は高い技術で跳んでいるようですが、本人とすればまだまだ改善しようと思う部分が多いことは間違いありません。

 

9mジャンプはもはや人類には不可能なのでは、と思いかけていた時に非常に楽しみな選手が出てきました。

 

ミゲル選手は昨年までは全くの無名で情報も少ないですが、2014年に100mを11.51、400mリレーのメンバーとして2016年に41.08を出したというデータが残っています。

 

16歳で100mを11.51というのは特別秀でた記録ではないので、この4年間で記録を徐々に伸ばしたか、あるいは今年になり素質が開花したのかもしれませんね。

 

今年は、ダイアモンドリーグにも本格参戦していないようですので、来年の世界陸上ドーハ大会や、再来年の東京五輪で真価が問われそうです。

 

1991年、マイク・パウエルは東京の地で世界記録を打ち立てました。2年後の大舞台で、若きジャンパーが世界記録を再現してくれることを期待しましょう。

 

今から、オリンピックが楽しみです。

 

《参考資料》

Juan Miguel ECHEVARRÍA | Profile | iaaf.org(2018年9月15日アクセス

ドノバン・ベイリー (Donovan Bailey)

ドノバン・ベイリー。1995年イェーテボリ世界陸上、および1996年アトランタ五輪にて100mで優勝。五輪制覇時の記録9.84は当時の世界記録。

 

大学ではバスケットボールをプレイし、卒業後しばらくは投資コンサルタントとして働く。その後、才能を見出された異色のスプリンター。

 

www.youtube.com

 

0:11 I was born in Jamaica and listened to radio and hearing about ??? .We are in the same circles now. It's kind of funny. Probably the most important moment was my race in 1994 in Rome. All the top sprinters in the world was in that race and I was leading up to about 80m and I looked at my right and my left forward them. At about 80m and then they passed me, so I think that was the coming-out party for me and probably the greatest moment for me because that's when I knew that I would be the next king or the next person or the next champion.

 

0:48 My first world championships in Sweden was probably one of the greatest experience because it kind of, you know, I felt so much at home and it was, I mean, in the stadium and it kind of felt that it was like you, a family watching, so it was pretty awesome. I learned I knew that I was the favorite or one of the favorite. Frankie and I had tussled during that year I crossed the line and I looked at the clock and I all saw was 9.8 and I knew that I'd broken the world record.

 

1:18 Great thing about the 100m is that the world does stop. You know, every year where there is a major championships. The world stops to watch the 100m. I mean we are very fortuned and then you can't really say about the any other event. At the end of the day when you cross the line you probably guarantee that 99% of all media across the globe knows your name.

 

1:44 When I think of probably the greatest Track & Field athlete always go back to 1936 and I think of Jesse Owens and the fact that he was in Germany and, you know, he was a little black boy from the US, who, you know, wasn't allowed in anywhere, but he went out and he broke four records. Great respect for Carl because he is probably one of the pioneers that professionalized Track & Field, so he allowed also to make a living from the sport.

 

2:12 Retirement was, has been awesome because, you know, I'd achieved everything. I think that I want people to, probably, to remember that my personality. I mean, to remember, you know, the fact that I smiled or the fact that I understood that the fans were most important people. I'm a philanthropist, so I have two there is two ParticipACTION Canada. I'm the spokesperson for that and essentially it's teaching the country the exercise and Big Brothers Sisters Canada and also I'm the spokesperson for that it's essentially a mentoring program that we have. It gives you the ability to reach out to mentor and, you know, tell the kids that they can, you know, use the platform for good. That's what I'm saying, so it's been awesome. It's been an amazing post Olympic championship life.    

 

私はジャマイカに生まれ、ラジオでアルバータ州のリノという土地のことを聞いていた。今、私はまさにその地にいるが、何だか変な気分だよ。多分、私にとって最も大切なのは1994年にローマで行われたレースだ。世界のトップ選手たちと同走したが、私は80mくらいまで先頭を走った。右、そして左を見て確認したよ。だが、80mを過ぎたら彼らは私を抜き去った。あのレースは私の国際的なデビュー戦だった。同時に、最も素晴らしい瞬間だった。なぜなら、そのレースで自分には世界王者になる可能性があることを確信したからだ。

 

私にとって初めての世界選手権であったスウェーデンの大会は、ひょっとすると最も素晴らしい経験だったかもしれない。会場の雰囲気はとても暖かく、スタジアムでは丁度あなたのような家族がレースを楽しんでいた。最高でしょう。私は観客にとってお気に入りの選手の一人だったと思う。あのシーズンの私はフランキー(・フレデリクス)と激しい競い合いをしていた。フィニッシュラインを超えてタイムに目をやると、9.8...と見えた。世界記録を破ったんだ、と分かったよ。

 

100mは世界中が注目する素晴らしい競技だ。毎年、主要な大会があると、世界中が静まり返り100mを観戦する。そういう意味で、私たち選手はとても恵まれている。他の競技ではこんなことはないからね。フィニッシュラインを一番に越えた瞬間、99%の世界中のメディアに勝者の名前が刻まれるのさ。

 

私の意見では、最も素晴らしい陸上選手は1936年にさかのぼる。そう、ジェシー・オーエンスだよ。ドイツに降り立ったジェシーアメリカの黒人選手の一人にすぎなかった。彼は、アメリカでは(黒人であるために)あらゆる場所への立ち入りを禁じられてさえいたんだ。でも、オリンピックで4つの記録を作った。カール(・ルイス)にも尊敬の念を抱いているよ。彼は陸上競技プロスポーツたらしめた選手の先駆けだ。カールは陸上競技でお金を稼ぐことを可能にした。

 

引退後の生活は充実している。私は現役生活に何の未練もない。ただ、ファンの方々に記憶しておいてもらいたいのは、私のキャラクターだね。私はいつだって笑顔でレースに臨んだ。ファンが最も大切な存在だと理解していたんだ。私は慈善活動家だ。カナダでは私が代表を務める2つのパティシパクション(注1)がある。この組織は、国にスポーツ知識を伝えることを目的としている。同様に、BBSカナダ(注2)でも代表を務めいるよ。この組織では、私たちが行うプログラムの指導をやっているんだ。BBSカナダでは誰もが指導を受けたり、子供たちがそれをずっと利用できる仕組みが整っている。私は自分のやっていることを誇りに思っている。このような組織は、時世代の五輪や世界大会の代表選手にとって素晴らしいものだと自負している。

 

注1 パティシパクション(PatricipACTION)とは、カナダのスポーツ実施率向上を目指して活動する組織の名称である。

 注2 子供や家族向けに指導プログラムを提供する非営利団体